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銀の舞姫

 冬枯れの、裏通りであった。
 慶漣(クン・リャン)は袍衣の袖を鼻に当て、歩みを進める。まるで毒素でも撒き散らしたような、饐えた臭いがこもっていた。石造りの旧市街の廃墟の隙間に、壁いっぱい闇市の粗末な屋台が建ち並び、襤褸を纏った乞食が道端に捨てられた食滓を漁っている。
 闇市の華は、奴隷商人たちの品見せである。一際大きな客寄せの声が、通りに響く。このような場で売られるのは、何らかの理由あって、公で売ることのできないようなモノである。奴隷商人が資格を持っていないのか、売られる奴隷が違法なものか、あるいは両方か。どちらにせよ、表の世界から好奇に惹かれて覗きに来ただけの慶漣には、手を出さぬほうがよいであろう世界であった。
 せむしの老いた奴隷商が、商品を紹介していた。背の高い、少女であった。痩せこけた細い体躯を、扇情的な赤い衣が、慰めばかりに包んでいる。目に付くのは、細くみすぼらしい白い肢体。そして腰まで伸びた、眩いばかりの銀の髪。
 哀れな少女であったが、銀の髪は珍しい。この国の皇室の象徴である銀髪を、このような裏通りどころか、市井で見ることすら滅多にない。
 一瞬、目が合った。慶漣はその場から、動けなくなった。
 奴隷商の紹介――皇室直流の血を引く娘とのことだったが、そのような眉唾を、慶漣を含めこの場の誰一人、信じてなどいなかった――が終わるや、少女は舞を演じた。
 どうやら少女には、踊子の躾が為されているようであった。伴奏もない中、少女は静かに踏を重ねる。緩やかに腕が弧を描いたかと思うと、やがて激しく身を回す。時が止まるかのように凍りつくや、瞬きを終えた時には、人並み外れて柔軟に、細長い身をくねらせていた。予想のつかない踏の度、結わえられた長い銀髪が、生きてでもいるかのように、少女の周りを纏わり踊った。わずかに茶の混じった、だが角度によっては漆黒に見える双眸には、尊大さにも似た勁さが宿り、無表情な口許は固く引き結ばれている。
 舞は奔放であった。踊子のみすぼらしい肢体はか細く、色気とはかけ離れたものである。だがその所作の一つ一つに、どこか気品が漂っていた。
 刹那慶漣を捉えた、勁い光を纏う瞳に。慶漣は染められた。

 暴値とも思えた奴隷商の言い値を払い、慶漣は踊子を買い受けた。
 踊子に慶漣は、『銀兎(ヒェンツー)』と名を贈った。


 慶漣は客人用の部屋の一室を、銀兎にあてがうことにした。
 慶漣は隣国の、大賈の息子である。父がこの国に商域を広げるに当たって、慶漣は支店の一つを任された。
 この地に居を構えるに当たって、慶漣は没落した貴族の家を買い受けたのだが、まだその造りを把握しきれてはいなかった。
「おいで、銀兎。ここが君の……」
 蜘蛛の巣が張っていた。埃が堆(うずたか)く積もっていた。そんな中で、先に住まった住人が残したのであろう、緻密な細工の施された古い調度品たちが、ただ往年の威儀を保っている。
「ひどいな。別の、部屋を」
「ここでいい」
 慶漣が閉めようとした扉を、銀兎の細い腕がとどめる。初めて聞いた銀兎の声は透明で、どこか硬質だった。見上げる瞳にはわずかに茶が差し、慶漣は見竦められた。ときに銀兎の黒瞳に、逆らい難い光を見る。
「あとで、誰かに掃除をさせよう。服も、届けよう。その格好では寒かろう。着付けのできる女中を遣ろう」
 銀兎はわずかに、首を傾げた。少し言葉に迷うようなそぶりを見せた後。
「ありがとう」
 やがて、他人行儀な物言いで、銀兎は慶漣に礼を言った。
 主人と奴婢の関係。銀兎はそれを、理解し切れていようか。いやむしろ、それを見失ったのは、自分だろう。
 諦めた心地で、慶漣は銀兎を室に残し、家人を呼びに出たのであった。


 慶漣は銀兎を、奴婢としては扱わず、自由を与え、召使をつけた。
 家人は当初、銀兎の扱いに大いに戸惑ったようだった。銀兎の行動は、穏やかではあったが、奔放であった。ときに庭を散策し、ときに部屋でまどろんだ。
 教養はなく、言葉遣いを知らなかった。主のことを名前で呼んだが、慶漣はそれを正すことなく、笑って許した。礼はなく、仕える召使にも、主である慶漣にも、同様に接した。その態度は倣岸ではなかったが、静かで、どこか尊大であった。
 衣装を整えれば、銀兎はそれなりに見目よくなった。背は高すぎて、身はあまりに細く、みすぼらしい。だが黒い瞳は美しく、高貴な銀の髪もあいまって、貴家の令嬢といっても通用するように思われた。
 なによりもその容姿以上に、無礼な所作の全てより、秘める気品が香っていた。


 ある夕、慶漣が部屋を訪ねると、銀兎は舞を献じてくれた。
 部屋に一脚しかない椅子に掛け、慶漣はくつろぐ。旧い調度品の並べられた、静かな室には、簡素な白い筒衣の踊子と、慶漣の二人がいるだけだった。
 銀兎は踊子であったが、慶漣は銀兎に舞を求めなかった。気が向いた時に、銀兎は慶漣の前で、舞を踊った。
 柔らかな斜陽が長く部屋に差し入って、造られた長い影が共に舞う。
 やや唐突に、銀兎は踏を止め、やがて繕うように一度腰を屈めてみせた。
「慶漣。なぜ、よくしてくれる」
 硬質な、声。それは銀兎を連れ帰って、一月もしての問いであった。
 当然のごとく待遇を受け入れ、卑することなく気品を保った少女である。いまさらな問いに、慶漣は苦笑してしまう。
 立ち上がり、答に代えて慶漣は銀兎の銀の髪に手を伸べる。耳元から白い頬をなぞり、首から胸元に至ると、銀兎はぴしゃりと慶漣の手を撥ね付けた。
「無礼」
 夕陽を受け、若干紅を含んだ黒い目が、真っ直ぐに自分を見つめている。
 予想していた自分がいた。拒まれたことに、失望もない。
 本気であるのに。銀兎の短い言葉に、慶漣は思わず笑みを零した。


 季節がひとつ、過ぎた頃であろうか。
 慶漣は、庭に銀兎の姿を探した。春の朝の、まだ日差しの柔らかなこの時間、銀兎はよく花を見に庭に出る。屋敷の庭には芍薬が咲き、また見事な紅牡丹の花園があった。
 見廻しても、人影が見えなかったので、今日は出ていないのかと思った。半ば諦めて園に足を踏み入れた慶漣であったが、やがて銀兎の姿を発見する。
 少女の真っ赤な長袍は、まるで保護色のように牡丹の花園の溶け込んでいた。牡丹の木の間にまろび、無防備に眠りに落ちている。花の間を揺漏する光になぶられ、銀兎の白い肌はきらきらと輝いていた。
 慶漣は腰を屈め、無造作に地面に咲いた銀兎の髪を掬い、指を絡める。花の芳香が、むせるほどに立ち込めている。
 瑞々しい唇を盗もうと、顔を寄せたところ。ぱっちりと、瞼が開いた。覆い被さる慶漣の影を映す、深い黒瞳が、ひどく近くで慶漣を見据える。
「起きていたのか」
「起こされた」
 慶漣の手を払うと、銀兎は慌てる様子もなく、立ちあがった。
 牡丹の園で、慶漣は銀兎を見上げる形となる。動揺しているのは、慶漣の方。
「銀兎はどうして、売られていたんだい?」
 自由と気品の同居するこの少女。銀兎ほどに、あの奴隷市が似合わぬ者もいないであろうに。それどころか、慶漣と共にこの場にあることさえ、銀兎には不足であるような気がしてくる。
 もっとも乱れた髪も、土汚れも、彼女の気品を侵すことは適わない。いかな泥濁であろうとも、銀兎を汚すことなどできぬであろうが。
「覚えていない。気がついたときには、そこにいた」
 特に表情を変えることなく、銀兎は硬質な声でそう答えた。
 さらに何かを問い詰めたかったが、問うべき言葉が見つからなかった。
「安心しろ。私はここにしかいない。慶漣の元以外に、どこにも行かない」
 さらりと言って、銀兎は微笑む。静かな表情が、束の間柔らかくなった。
 黒い瞳が、慶漣を見下ろす。心を見透かされたようで、真っ白になった。


 秋月。大きな満月の、夜であった。その晩、慶漣は深酒した。
 深夜にも関わらず、たまらなくなり、慶漣は銀兎の室を訪れた。
「起きていたのか」
「夜は、あまり眠れない」
 寝着に、枕と片膝を抱えて、銀兎は皮張りの椅子に腰掛け、月を眺めていた。
 自らが奔放だということもあろう。銀兎は慶漣の礼を失する訪問を、寛容に受け入れた。
 気に留める風もない。しどけない姿勢を正すでもなく、視線は一瞬慶漣の元に留まったが、やがて月明かりの差す窓へと戻された。
「見合いをすることになった」
 銀兎の視線がこちらを向いた気がしたが、確認はできなかった。気分は悪くなかったが、足元がふらつき、平衡感覚が保てなかったので、慶漣は銀兎の脇を通り、寝台にうつぶせに身を預けた。
 布団から、少女の甘い匂いがする。透明な色しか浮かばぬ銀兎が、匂い立つとは意外であった。心地良い。
「相手は至尊に連なる名家の娘だ。きっとそれに見合う、気品があろう。大きな黒い瞳に、皇室ゆかりの長い銀の髪の、美人だそうだ」
 甘やかな銀兎の匂いに顔を埋め、背後からの反応を待ってみる。銀兎はなにも応えてはくれない。
 重ねたことなど、気づかぬのだろう。空回りしている自分が、恥ずかしくなる。
「水」
 ややもして、背中に銀兎の声が聞こえた。
 身を起こすと、水差しをそのまま渡される。慶漣の言葉は、銀兎の心に、乱れ一つも生まぬのであろうか。淡い期待が打ち砕かれる。憐れまれているようで、情けなかった。
「……銀兎は、どう思う」
 水差しを受け取り、一つ口をつけ、慶漣は訊ねた。常温に置かれた水は少し、温い。
「慶漣の家にとって、貴族と縁を持つことは悲願なのだろう。気に入ると、気に入ってもらうと、良いと思う」
 父は財を為したが、大賈であっても庶人であった。父は当然の悲願として、息子である慶漣には家を尊貴の血と繋いでくれることを望んでいた。
 花を愛で、まどろみ、ときに舞う。そのような生活をしている銀兎が、政治的な思惟を巡らせていたとは、驚きであった。
 ただそんな言葉を、慶漣は聞きたかったわけではない。嫉妬してはくれないのか。なぜ慶漣の愛を拒むのか。月の光の一条も、慶漣は受けることができぬのであろうか。
「分相応、不相応がある。慶漣は慶漣に似合った、ふさわしい人を見つけるべきだ」
 銀兎の言葉に、慶漣は昂じた。銀兎の肩を掴んで、寝台の上に押し倒した。
 組み伏せられた銀兎は、抵抗するでもなく、射るような視線で慶漣を見据えた。
「離せ」
「俺が、おまえにふさわしくないというのか?」
 銀兎は、怪訝そうに眉をひそめた。わかっている、馬鹿なことを言っている。慶漣は大賈の息子で、銀兎は裏通りで売られていた奴隷の踊子だ。
 だが放った言葉は、慶漣の心の底でわだかまっていた、偽らざる不安である。
「慶漣は私に、矜持を持って生きることを許してくれた。だから私は、好いてもいない慶漣を、受け入れるわけにはいかない」
 銀兎は貞節を守ると言う。慶漣が狂うまでに求めているのに。なんと、高慢な。
 自分の思考が、支離滅裂なのは自覚していた。だが想いは、止められない。
「俺を好いてはくれないのか」
「好いてしまったら、辛いだろう」
「家のことなど構わない。本気で銀兎を愛している」
「不幸になることがわかっていて、私が慶漣を望むとでも。手を、離せ」
 怒りに任せ、細い肩を、強く押しつける。この期に及んでなお硬質な銀兎の表情が、痛みにわずかに歪みを見せた。
「銀兎は俺が購(あがな)った。俺の、所有物だ」
「そう思うのなら、何も言わない」
 銀兎は静かに瞼に伏せる。
 次に、月光を映す黒瞳を見開いたとき、銀兎は言葉遣いを変えていた。
「ご主人様のご自由になさいませ」
 口調は慇懃であったが、卑賎ではない。
 視線は勁く、銀兎の硬質な声は乱れることなく、それは高潔というにふさわしい。
 銀兎自らを卑するその言葉遣いに、むしろ慶漣が、貶められたような気がした。
「卑しい私めの立場がいかにあろうと、ご主人様の幸せを願う気……」
「黙れ」
 衝動に任せ、饒舌な銀兎の唇を塞ぐ。ほのかな甘さを味わうだけで、慶漣は慌てて銀兎を離し、傍らに倒れた。
「隣にいろ。それくらいなら、いいだろう」
 動かぬ銀兎に、呼びかける。
「高くつくからな」
 言葉ほどに、怒ってはいないようだった。銀兎の声は、気の抜けるほどに平静だった。
 寝台の上。いよいよ眠くて、慶漣は深くに沈んでしまった。


 翌朝、見合いに出かける慶漣に対して、銀兎はいつもの通りにそっけなかった。
 見送りに出ることもなく、慶漣が起きるより早くに、一人庭の花園に出ていってしまっていた。
 昨晩のことを、気にしてくれてはいないのか。もしや避けられているのではと、淡い期待を抱いて庭に出たが、銀兎はいつもの通りの様子であった。
「いってらっしゃい」
 秋である。花はもう、とうの昔に枯れている。ただ無感情に青葉を茂らす牡丹の木は、今は香り立つことなく、眠っている。
 掛けられた、銀兎の言葉に、特別な感情は見出せなかった。


「慶漣様」
 慶漣は見合いをしていた。先方に呼ばれての、食事会である。
 黙々と慶漣は、前菜に出された枇杷(びわ)を剥く。どうせ断るつもりだ。話すことはあまりない。
 会場は、慶漣の館よりはるかに大きな、旧い先方の屋敷であった。砂上の楼閣。名門祥家は、借財に沈みかけていた。慶漣の家は財を、先方の家は家格を持ち寄り、挨拶も済んで両家の親は奥へと下がっていった。
 卓子をはさんで、見合い相手と向かい合う。目の前の令嬢の、名を祥耀華(シャン・ヤンファ)と言う。目は黒く、髪は白と見紛うほどの淡い銀髪であった。銀兎に比べると背が小さく、美しいより、かわいらしいという言葉が似合う。
 銀兎のほうがとっつきにくく、気品があると思った。おかしなことである。
 耀華は、辿れば至尊に連なるという、国で有数の名家の娘。
 銀兎のことは。裏通りの闇市で、買い受けたというのに。
「慶漣様!」
 わずかに怒気を孕んだ声に呼び起こされ、慶漣は慌てて居住まいを正した。耀華が、じっと慶漣を見つめている。
「……失敬」
「慶漣様、なにをお考えになっていらっしゃったのですか?」
 問いを投げられ、慶漣も相手の瞳を覗いてみた。瞳は銀兎のそれよりも混じることなく黒いのに、そこにあの勁さはなく、同じ深みは見出せない。
「うちに置いてきた踊子のことを。失礼ながら、あなた様と比べていました。奴隷市で買った娘なのですが、年頃も耀華様と近く、銀の髪や黒い瞳は、よく似ています。ただ、耀華様よりも気品があるように思うのです」
 耀華は、胸の前でぽんと両手を合わせた。小動物を連想させる仕草である。心なしか嬉しそうだ。
「慶漣様の想い人ですか?」
「……え、ええ」
「ならこのお見合いは破談ですね。良かった、私も気が進まなかったんです」
 耀華の童顔が、ぱぁっと輝く。
「でも、祥家は慶家の財産が必要なんです。慶漣様のおうちも、うちの名前が欲しいのでしょう?」
 突然調子の変わった耀華の言調に、慶漣は呆気にとられて頷いた。
「銀の髪ということは、慶漣様の想い人は、皇族の血筋なのかもしれませんね。知っていますか、この国の第一皇女は、幼少のころ賊に攫われて、いまだ見つかっていないのですよ。年頃は、私と同じくらいのはずです」
 この国の者ではない慶漣にとっては、初耳の話であった。案外本当にそうかもしれない。年齢的にも一致している。なにより、そう思わせるだけの、気品を銀兎は備えている。
「確かめる術はございませんけど」
 気がつくと、耀華が慶漣の顔を上目遣いに覗き込み、いたずらっぽく笑っていた。思考が、顔に出ていただろうか。頬が熱い。
「本当に大切なお方なのですね。一つ、提案があるのです。身寄りがないならその方を、養女としてうちが引き取るというのはどうでしょう? そうすれば、慶漣様の想い人は祥家の娘。結婚なされば、慶漣様も祥家の一員。うちはうちで、慶家の援助を受けられて、なんとか借金を返せます。どうです?」
 口を挟む間もない口上だった。為す術もなく、慶漣は頷く。実際素晴らしい、提案だった。
「成立ですね! 慶漣様、ありがとう」
 耀華が握手を求めてきた。苦笑しつつも、小さな掌を握ってやる。
 見事であった。すかし持ち上げ、弱みを握り。耀華はまるで……
「まるで、賈人の娘ですね。うちでお雇いいたしますよ」
「失礼な。うちは貧乏ですから、慶漣様のように温室育ちではないのです。慶漣様こそ、皇族並の傲慢さ。いくら気がないとはいえ、花に見紛う乙女に対して、もっと気を遣って欲しいものです。耀華はとても傷つきました」
 突然俯き、わざとらしく涙を拭う仕草をとった耀華の様子に、慶漣は思わず吹き出した。
「花なら。耀華様は、芍薬ですね」
 美の代名詞、というよりも。慶漣にとって、芍薬は大輪の牡丹を引きたてるように咲いている、可憐で明るい花であった。目の前の娘を、銀兎と並べる様子を思い描く。
「私はおしとやかですから、むしろ百合の花が似合うと思うのですが……」
 無茶を言いつつ。慶漣の評にまんざらでもない様子で、耀華は照れ笑いを浮かべていた。

 上機嫌で帰った慶漣を待っていたのは、家人の思いもよらぬ報せであった。
 銀兎が、出ていったという。

・・・

 慶漣という賈人の子が、銀の髪の踊子を買い上げてより、二年の月日が経っていた。
 まだ冬明けきらぬ、季節である。いつかの裏通りで、長い銀の髪の踊子が舞を踏む。
 闇市の喧騒が伴奏である。乞食や闇商人が観客だった。
 雪溶けきらぬ汚泥の中に、一輪の花が咲くかのように。縛られぬ勁さと、気品に満ちた舞であった。
「一舞、所望する」
 身なりのよい青年が訪れ、銭貨ではなく、わずかに蕾の綻びかけた、一輪の牡丹を踊子の足元に置いた。
 踊子は一瞬、瞠目した。やがて何も言わずに、舞を舞った。
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