ポドールイの人形師(番外)

世界で一番優しい人

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「父様、カロルの母様はどんな人だったのですか?」
 五歳になってカロルは、教会学校に入学した。
 同年代の友達ができ、当然予想していたことではあるが。娘の問いに、リュックはしばし思案する。
「カロルのお母さんは、風の精霊だよ。儚く、美しい人だった」
「父様、カロルは母様に似てますか?」
 母親の話に、幼いカロルはリュックの僧衣にしがみつき、鳶色の目をきらきら輝かせて自分を見上げる。
 年を重ねるにつれ、カロルはあの名も聞けなかった踊り子の面影を強めてゆく。ただこの瞳の輝きは、この子だけの光である。
「カロルは、私似かな」
 リュックの答に、カロルは少し残念そうな顔をした。やはりしがない司教に似るよりも、風の精霊の方がよいのだろうか。
「優しく、賢く、捉(とら)われない」
「父様、自画自賛ですか?」
 難しい言葉を、カロルが拙い口調で紡いでみせた。
 リュックは屈み、愛しい娘に顔を寄せ、ゆっくり首を横に振る。
「いいや。希望」
 訝しげに眉根を寄せる、カロルのくせっ毛を優しく撫ぜる。
「私がそうなれるように。カロルがそういう子になってくれるように、ね」
 にっこり笑んだリュックの言葉に、しばし思案する表情を造ったカロルは。
 花のようなきれいな笑顔を、にっこりリュックに返してくれた。

・・・

「カロルは父様の子じゃないのですか?」
 思いがけない問いかけに、一瞬リュックは思考を失う。振り返った顔が、引きつっているのが自分でわかった。
「なぜ。なぜそんなことを言うんだい」
 思わず激しくなったリュックの口調に、カロルは少し、気まずげに表情を曇らせる。
「だって髪の色が違います。カロルはくすんだ金髪だけど、父様やラザール様の髪は、若木の幹の色をしてます」
「カロルの髪はきれいだよ。髪はお母さんに似たのだよ」
 間髪いれずにリュックは答え、余計な疑念を払おうとする。しかし要領を得ないリュックの返答に、カロルは納得してくれず、さらに言葉を続けた。
「カロルの鼻はぺしゃんこで、父様やラザール様みたく高くないです」
「とってもかわいい鼻なのに、そんなことを言わないで」
 カロルのかわいい鼻頭を見る。これが高く伸びてしまったら、それほど悲しいことはない。
「目の色も違います。カロルは冴えない鳶色なのに、父様やラザール様は明るい蒼の瞳をしています」
「カロルの優しい鳶色は、大きな瞳によく似合う、とってもきれいな色なのに。私の目よりも、ずっときれいだ」
「でもでも……」
 半ば俯き、その大きな瞳に睫毛を翳し、まだ何かを言おうとするカロルを、リュックはやりきれなくなり抱きしめた。
「カロルは私の子だよ。誰が似てないと言ったとしても、カロルが嫌だと言ったって、絶対あなたは、私の大事な娘だから」
 腕の中で、カロルはしゅんと俯いて、なお言い募ろうとはしなかった。

「ところで、カロルが私の子じゃないなんて、誰がそんなことを言ったんだい?」
「ラザール様が。カロルよりも自分のほうが父様に似てるって、自慢するんです」

「破門です」
 後日。突然告げられ。
 理由もわからず半年間、兄に口を利いてもらえなくなったラザールであった。

・・・

 カロル十歳。先日誕生日を迎えたばかりだ。
 働くことを許される年頃になったカロルは、最近少し、大人っぽくしようと頑張っている。
 一人称も『カロル』と自分の名前を使っていたものを、最近は意識して、『私』と言うようになってきた。

「司教さまに似てないのね」
 十歳になったカロルは、教会を訪れた、本家の姫君と面会している。
 カロルより四つ年下の、人形のように可憐な姫君。その子に気に入られれば、晴れて本家に侍女として仕えることが許される。
 しかし開口一番の、姫君の無思慮な一言に、カロルは言葉も返せず俯いていた。
「司教さま、あたしの家庭教師してくださってるんだけど。頑固で、いけずで、一見優しそうに笑ってても、目はいつも冷ややかで。もし司教さまを小さくしたみたいな人だったらどうしようかと思ってたの。けど良かったわ。あなたとなら仲良くなれそう」
 思いがけない、優しい言葉。
 見下ろした先、目が合うと。姫君はカロルに向けて、眩いほどに可憐な笑顔を造ってみせた。

 かわいい主人。優しい言葉。カロルは幸せ尽くめである。
 ただ……
「……でも、シシル様。私の父様は、世界で一番、優しい人ですよ」
 カロルの言葉に、姫君は笑みをしまいこみ、不満げに眉根を寄せたのだった。
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