周瑜嬢

8、俺にはベスの存在が一番の七不思議なんだけどな(by蒋欽)

 三国市には七不思議がある。
 本当のことをいうと、三国市には七つどころじゃない不思議が転がっている。しかし不思議は七つというのは、古来からの決まりごとなので、それらの不思議を全てひっくるめて七不思議と呼んでいる。
「欽ちゃん、りょも、最近ボク、新しい七不思議聞いたんだけど……」
 それ故こんな始まりだからといって、それが七番目以内の不思議だとは限らない。百番目や二百番目くらいには達している。
 さて、不思議は七つと決まっているが、他にもさして理由もなく数の決められているものは多い。
 例えば、馬鹿である。馬鹿は不文律として、三人と決まっている。三馬鹿である。
 ここ、紅東中学校にも、誰もが認める三馬鹿トリオが存在した。
「とりあえず、俺にはベスの存在が、一番の七不思議なんだけどな」
 三馬鹿のナンバーツー。欽ちゃんこと蒋欽である。クールでスマートなお馬鹿である。試験の点数はその難易度に関わらず、十の位を一にすることが出来た。
「怖い話はやめてよ、ベス。ズボン穿かせるよ」
 栄えある三馬鹿のナンバーワン。りょもこと呂蒙である。ワイルドでクレバーなお馬鹿である。試験の点数は、一桁に収めるのがポリシーだった。
「ボクが一番の七不思議なのは認めよう。ズボンを穿くのは勘弁だよ、スカートの下にズボンを穿けるのは、本当に可愛い子だけなんだ。ボクにはさすがにそこまでの度胸はない」
 そして三馬鹿のキング、エリザベスこと、孫権である。成績は中の上、いたずらはするが問題児というほどではなく、年齢の割に幼いが可愛らしい容姿をした『彼』は、お勉強とか関係なく誰もが認める最強のお馬鹿だった。
 ちなみに三馬鹿の鉄人、三馬鹿の海賊王など、三馬鹿も三人よりははるかに多く存在する。基本的に紅東中学校第三学年の男子が三人揃えば、それは三馬鹿になる。しかしその中でも、欽ちゃん、りょも、ベスのユニットは、一際強力な組み合わせである。
「市立図書館にね、出るらしいんだ……」
「ゴキか」
「変質者かも」
「ああ、巴蜀高校の生徒会のアレか……」
 りょもの変質者発言を受けて、欽ちゃんが具体的に呟くと、りょもが嫌そうに顔を顰めた。巴蜀高校には有名な変態がいる。ちなみにベスも、高校生になればそれに負けない変態になれるのでは、と密かに期待されている。
「それはそれで、というかそっちのほうがよほど怖いけど。ボクが聞いたのは幽霊が出るって話。……髪の長い女の幽霊で、嬉しそうに勉強するらしい」
「おお、それは怖えぇ!」
 ベスの下手な怪談調に、欽ちゃんとりょもが声を揃える。『勉強』という言葉だけで背筋をぞわぞわと何かが駆け上がる、二人はそんなアレルギーを患っていた。
「でしょ、午後から学校サボって見に行こうよ」
「いや、図書館で勉強してる女って、普通じゃん。俺らは怖いけど。何が幽霊なんだ」
 欽ちゃんがつまらないことをいって水を差した。欽ちゃんのクールさは、こういうときには玉に瑕だ。
「見ればわかるらしいよぉー。いいじゃん、行こうよぉ」
 ベスは奥義の一つ、甘えん坊作戦に出る。手を組んで、瞳をうるうるさせて欽ちゃんを見上げる。欽ちゃんはスマートに肩を竦めた。
「別に行ってもいいよ、学校なんてつまんないしね」
 横からりょもが、ワイルドにそんなことを言った。援護射撃を受け、ベスはりょもに抱きつく、振りをした。ベスはりょものことを友達として好きだが、男同士で抱き合う趣味はない。
「でも幽霊ならさ、昼間に出ないでしょ。学校サボって行ってもいないんじゃない」
 せっかく人が楽しんでいる時に、りょものこういうクレバーさは鬱陶しい。
 ベスは椅子にどかっと腰を下ろした。背凭れに両肘を掛けて寄りかかり、両足を机に掛けて組んでみせると、欽ちゃんとりょもを順繰りに半眼で睨み上げた。
「昼間に出るんだよ。いーよ、来ねえなら。つまんねぇ奴らだな」
 ベスの裏奥義、ブラック作戦である。
 い、行かないなんて言ってないだろ……ごめんね。
 豹変したベスに、欽ちゃんとりょもはしどろもどろに謝った。
 ベスは、三馬鹿のキングなのである。

 孫権たちが、そんな昼休みのたわいない企み事をしている時。
 市立図書館で、くしゃみをしている少女がいた。


「ユキお姉様ー!」
 『少年少女・世界の名作三十七巻――三国志――』に没頭していた周瑜は、鼻に掛かった子供の声に、現実世界に引き戻された。そして声の主を認識すると、再び物語の世界に意識を戻す。
 それにしても、この『少年少女・世界の名作三十七巻――三国志――』は面白い。最近覚えた英語でいうなら、ファニーという意味で面白い。そして舞台や人物は、インテレスティングでもある。
 劉備、曹操、諸葛亮、などなど、向こうの世界での周瑜の知った名前がたくさん出てくる。劉備は笑えるほどに偽善者で、曹操は極悪非道を一層極め、諸葛亮に至ってはもはや人間ですらなくなっている。諸葛亮は、鬼神や天候を操り、敵の意図を全て事前に察知し、天文をもって人の生き死にを知る事が出来るらしい。そんな風に、誰も彼も笑えるほどに大げさだったが、ある意味誇大されているのは本質である気もするのである。
 とすると周瑜は、この本に出てくる『周瑜』のように、いけ好かない上に間抜けな本質があったということだろうか。あながち否定もできなくて、周瑜は少し苦笑する。
 考えるべきことは、こんな物語が存在するこちらの世界と、周瑜がもといた自分の世界、そこにどんな繋がりがあるのだろうかということである。
「お姉様ってば。だーれだ?」
 突然ぺっとりと目隠しをされ、視界が暗くなった。
「権くん」
「ブブー、エリザベスでしたー、ぐふっ」
 反射的に肘鉄を放って振り向くと、金髪碧眼の女の子に見える男の子が悶絶して蹲っていた。女子用の可愛い制服は似合っているが、スカートの下にジャージーのズボンを穿いていて、非常に子供っぽく見える。
「み、見ないで、ユキお姉様。ボクだってスカート下にズボンなんて穿きたくないんだけど、りょもが無理やり……」
 訊いてもいない弁解を始めた権を、周瑜は冷たい目で見下ろす。読書の邪魔をするほど、罪深いことはない。
「あれ、りょもと欽ちゃんがいない。はぐれたのかな、あいつら馬鹿だから。ユキお姉様、ごめんね。ボク探してくるよ」
 嵐が去って、周瑜は『少年少女・世界の名作三十七巻――三国志――』を広げ直した。そろそろ周瑜の死に時である。物語の周瑜は諸葛亮に馬鹿にされまくって、病気が悪化している状態である。笑えない程度にはらわたが煮え繰り返る。だがもう少し読み進めれば、物語は向こうの世界で周瑜の見ていない章に突入する。
 魯粛と呂蒙に託して、周瑜はこちらの世界に来たのである。魯粛については、彼は周瑜が心配できる種類の人間ではない。周瑜の意図などお構いなく、好き勝手に天下を切り貼りするのだろう。呂蒙はどうだろう、閃きがあって、努力家の部下だった。大成すると睨んでいるが、果たして諸葛亮や曹操を相手に張り合うことが出来るだろうか。
 懐かしい向こうの世界に思いを馳せる。ふと、周瑜は赤い腕時計を見た。
 一時三十分。まだ中学校は授業中の時間である。
 孫権は授業をサボって遊びに来たらしい。本を閉じ、溜め息を吐きながら周瑜は立ち上がった。
 物語の『周瑜』を客観的に見ていると、生真面目すぎるところが欠点かもしれない、と周瑜は思った。
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