歪な道化師


「お誕生日、おめでとうございます」
 道化の仮面の下でジューヌが微笑んでいるのがわかった。
 突然、目の前に差し出された小箱に目をぱちくりさせながらシシルはそれを受け取る。
「これは......」
 おそるおそる綺麗に結わえられたリボンを解いて蓋を開けると、小箱の中を覗き込んでみた。
「私からの細やかなプレゼントです」
 .......受け取ってもらえますか? 不安げに首を傾げるジューヌに小箱の中身を呆然と眺めていたシシルは、はっと顔を上げ首が痛くなるくらい何度も頷いた。
 まさか、覚えていただなんて考えもしなかった。そういえば数ヶ月前、まだここへ来たばかりの頃に一度だけ少し話したような記憶がある。本人ですら忘れていたのに、こんなかたちで祝ってもらえるだなんて。
 シシルは少しだけ泣きそうになるのを必死で堪えた。


 小箱の中身は、細工のほどこされた銀の櫛だった。
 シシルは自分の部屋へ戻ると、そっと掴んだ櫛を窓際に持って行き、太陽の前に掲げてみた。少しずつ角度を変えてみる。きらきらと日の光を反射して美しい。
 いつの間に用意したんだろう。
 ドロティアの一件により屋敷を破壊されてからというもの、伯爵家の財政は泥沼にも近い様子だったにも関わらず、どこからこんな高価なものを買うお金が出てきたのか。
 昔は銀の細工品など捨てるほどに持っていた。しかし、今はなにひとつ身を飾るものなんて持っていない。貴族の身分を捨て、一平民として伯爵の女中になる決意で身ひとつここまで逃げてきたときは、また再び誕生日を誰かに祝ってもらう日がくるなんて思っていなかった。
 銀の櫛、伯爵にしては気遣いのある贈り物だ。
 試しに櫛を髪に飾ってみる。ただ一つだけの小さな緑色の宝石が、シシルの白金の髪によく映えていた。


 お返しはどうしよう。
 一応これでもシシルはジューヌ伯爵に世話になっている身だ。贈り物を貰ったまま、というわけにはいかないだろう。
 懸命に悩んだ末、シシルはジューヌの部屋に並べられた大量の人形を思い出した。
 思い立ち、すぐさま村へとくりだす。
 と、村の入り口に立ったところで、ポドールイには人形を売る店もなければ人形を作る職人すらいないことに気がついた。失念していたが、この村で唯一の人形師は領主であるジューヌなのである。
 また振り出しに戻ってしまったと途方に暮れていると、
「そこにいるのはシシル様でごぜぇますか?」
 背後から声をかけられて、シシルは後ろを振り返った。
 そこに立っていたのはポドールイ村の村長、ジェロム・モルロだった。モルロは畑仕事でもしてきたのか片手に鋤を抱え、驚いた様子で目を瞬かせていた。
「こんなところに、お一人でどうしたんです。ディアンヌならわしの家の厩にいるでごぜぇますよ」
「いえ、今日はそうではなくて実は......」
 説明すると長くなりそうなので、とりあえずジューヌ様に人形を贈りたいとだけ伝えた。シシルをジューヌの娘だと思っているモルロは「お父様に贈り物とは、偉いですなあ」と感心したように何度も頷いてみせ、背後の教会を指差した。
「こんなときは、わしよりも司祭様に相談するとええです。きっと力になってくれましょう」


「ああ、そんなときは」
 村長の言うとおり、カトリノー司祭のもとへ行くと彼はさっそく答えをくれた。
「シシル様が、ご自分で作れば良いのですよ」
 この人はなにを言っているのかと、シシルはぽかんと司祭をみつめた。人形を、作る? 裁縫さえほとんどしたことのない自分が?
「無理です」
「大丈夫、作り方なら私が教えます。これでも村の子供たちの面倒もみていますからね。人形のひとつやふたつ、すぐに作れるんですよ」
 決して、そういうことを聞きたいわけではないのだが。
 反対の意見をあげる前に、カトリノー司祭は教会の奥から裁縫道具を持ってきてシシルに押し付けた。ボロ布を切り抜いて人形の作り出す司祭に溜め息を吐きながら、ほかに方法もないので仕方なくシシルは自分で人形を作ることにした。


 最初から無理だとわかっていた。努力でどうにかなると言われたので、頑張ってみた。でも、無理なものは無理だった。
 人形といってもなにを作ればいいのかわからなかったので、ジューヌ自身を作ってあげた、つもりだった。
 ようやく完成を迎えた人形をシシルは見下ろした。
 全て長さの違うちぐはぐな手足、繋ぎ目からは詰めた綿がこぼれ、せめて威厳があるようにとつけた上質の布を使ったマントもどうしてかぼろぼろになっている。
 唯一上手くできたのは顔で、本人に似せて赤と白の仮面を被せていた。しかし、それも胴体に比べてやや大きさが合わず、完成したものは全てを統合して伯爵としてのジューヌではなく、どちらかというと道化としての間抜けなジューヌを表しているようなものになってしまった。
 あんまりな出来にシシルは溜め息を吐いた。
「やっぱり慣れないことをするんじゃないわ」
「なにが慣れないの?」
「ナ、ナシャさんっ!」
 いつのまに部屋に入ってきたのか、こちらを覗きこんでいたナシャにシシルは慌てて人形を背中に隠した。ナシャは不思議そうに首を傾げる。
「最近、シシルさんがこそこそ何かしてるってジューヌが心配してたわ」
「な、なんでもないの。あたし、外に散歩に行ってきます!」
 椅子からすくっと立ち上がり、足早に自分の部屋を出て行った。
 こんなもの埋めてしまおう。お返しをするのはまたの機会にすればいい。第一、ジューヌの誕生日も自分はまだ聞いていない。
 シシルは庭に出ると、隅のほうに穴を掘って今しがた出来上がったばかりのジューヌ人形を埋めてしまった。


 ジューヌはシシルが屋敷に戻っていったのを見計らって庭に出てきた。
 真新しい土の覗く部分を掘り返し、そこに埋められていたものを取り出す。
「......」
 両手に乗るほどの小さな人形の汚れを手で払う。
 歪な形をした仮面の道化。
 最近、指先によく傷が目立つと思っていたら、こんなものを作っていたのか。
 どうやってお礼を言おう。ああでも、お礼なんか言ったら掘り返したことがばれてしまう。
 考えて、やはり黙っておくことにした。
 まだ温かいような気のする人形を見下ろす。
 思わず泣いてしまいそうになって、ジューヌは目を閉じた。
 道化の頭をそっと撫でる。初めて、ほんの少し自分の姿を好きになれた。

浅井ユァさん
箱庭とサイコロ

完結祝いに浅井さんに小説をいただいてしまいました!
健気なシシルと、あいかわらずのジューヌさま。
でもちゃんと自分でプレゼントを渡したあたり、立派なのでお父さんうれしいです。
司祭のカトリノーや村長のモルロまで、脇役のキャラがすごく出してもらえるのにびっくりしちゃいました。
平和な二人、見てて私も幸せになっちゃいます。

人物紹介‖番外編目次頂き物DL版掲示板HOME