ポドールイの人形師

2-16、拷問

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 第一段階は、腕を掴まれて動けないようにされるだけだ。
 第二段階になると、少し痛い。腕を締め上げられて、涙が滲むほどになる。
 第三段階ともなると、腕を変な方向にひねられて、痛くて声も出せなくなる。声が出せないようでは拷問としては意味を為さない気がするのだが、それをあえて指摘する者もいなかった。
 第四段階では、いよいよポッキリ骨が折られてしまう。容赦ないのだ。腕をへし折る黒騎士のとぼけた顔を見ていると、人間とはなんと脆い生き物なのだろう、と思ってしまう。
 最終、第五段階ともなると、腕が引きちぎられてしまう。ねじられて、皮が裂けるらしい。
 しかしそこまで耐えた人間を見たことがないものだから、実際にどうなのかはわからない。たいていの人間は、第三段階までにはあっさり吐いてしまうのだ。
 さてしかし、自分と陛下の仲は、隠し事をするような薄っぺらなものではない。第一段階で洗いざらい言ってしまおう。それとも由緒正しきヴィルトール家の血胤を継ぐ者としては、第二段階くらいまでは耐えるべきなのであろうか。ロセンサルに腕を固められながら、リリアンはそんなことをつらつらと考えていた。
「んじゃ、ロセンサル。とりあえず第三段階から入ろうか」
「ちょっ、ぎゃあ!」
 弁解する暇を与えず、拷問はいきなり自白不能な段階に入る。ジュダの黒騎士も、容赦ない。皇帝の命令だということをいいことに、ロセンサルは思い切り、リリアンの腕を捻り上げた。
「聞きたいことは山ほどあるが、まずこの状態を説明してもらおうか」
「痛いたいたいたいたい、ロセンサル、きさま、あとで、痛い」
 リリアンの悲鳴にも、非情なる黒騎士は露ほどの加減もしてくれず、むしろ力を入れてゆく。逃れるためならさっさと何でも吐いてしまいたかったが、それどころでないほどに腕が痛い。
「ほぉ、あくまで口を割らないつもりか。いい度胸だ。ではロセンサル、第四……」
「ま、待って、陛下。な、なんでも言うから。お願い……」
「ん?」
「お願い、緩めて……」
 一瞬、ロセンサルは本当に段階を一つ上げようとしたようだ。骨の軋む音を聞いた気がした。折れてはいないにしろ、この痛みは夢に見そうだ。
 陛下が指を二本、下向きに指して、第二段階まで緩めるよう指示を出すと、背後の黒騎士は少し間を置いて、腕を締め上げる力を弱めてくれた。ゆっくりと、力を入れたときと比べて、明らかにもったいぶって緩めてくれる。たかが陛下付きの騎士のくせに。だんまりを決め込みながら、ロセンサルはわざとリリアンをいたぶっている。まったくもって、恨めしい。
「んで、どうなってるんだ。町は燃えている、兵はいない。タルモンの親子もいないようだ。とりあえずリリアン将軍、この状況を説明してもらおうか」
 喋りたいのはやまやまだが、ロセンサルがズルをしている。この痛みは、ほとんど第三段階の水準だ。
「ま、まだ痛いのだけど。もう一段階下げて……」
「ロセンサル、第四段階がお望みの……」
「あー、いいですいいです。涙を堪えて喋ります!」
 陛下の言葉に、早速力を入れようとするロセンサルに、耐えかねて踵で後ろに蹴り上げた。感触からして、見事股間に入ったらしい。小さな苦悶のうめきが聞こえ、腕の締め上げは、一瞬一気に弱まった。
「ええ、町が燃えてるのはタルモン侯爵様が僕の判断を仰がず、独断専行で火をかけたからです。兵がいないのは、あいつらが酔っ払って、勝手に出て行ってしまったからです」
 下手に長引かされてはかなわない。ロセンサルの拘束が弱まった隙に、リリアンは聞かれたことを一気にまくし立てた。
「それで、おまえは何も悪くないと」
「はい、悪いのはタルモン侯爵様と自分勝手な傭兵どもです」
 むしろ自分勝手な陛下が悪いのです、という言葉は飲み込んで、さっさと責任を愚かな者たちに押し付ける。自分の言葉に偽りはないし、ただでさえ痛い目に合っているのに、あえてあんな使えない者たちの罪を被る気にもなれはしない。
 ここでロセンサルが悶絶状態から復活したのか、突然腕を締め直される。リリアンのささやかな反抗に黒騎士は少々ご立腹のようだ。抵抗前よりも明らかに強く、完全に私情の混じった強さで捻ってくる。
「タルモンにも話が聞きたい。どこにいる」
「し、知らない」
 痛みに耐えかねて、ついごまかしも忘れて叫んでしまう。だが皇帝が腕を動かして、段階を上げる指示を出そうとしているのを見て取ると、痛みに霞む頭を必死に働かせ、リリアンはなんとか言葉をしぼりだす。
「あー、あー、たぶん、毒死してますです」
「ふむ」
 皇帝が、つづきを聞きたそうに目を細めた。それを見て取ったのか、後ろの黒騎士が、少し締め上げる腕を緩めてくれる。どうやらリリアンに話をさせてくれるつもりらしい。
「どういうことだ」
 目を伏せて、リリアンは沈黙をもってその問いに応えた。だがその意を解さず、あくまでも追求をやめようとしない皇帝に、リリアンは仕方なしに口を開く。
「……それを僕に言わせる気ですか?」
 残念ながら、いくら陛下の言葉とはいえ、ここまでが限界だ。上目遣いで皇帝を窺う。どこかあどけなさの残る、天使のように綺麗な顔が目に入った。
 君は、僕がいないでやっていけるの? そう言外に眼差に込め、リリアンはにっこりと笑みを浮かべる。ミカエルは少し、苛立たしげに眉根を寄せた。
「ヴィルトールの、悪魔の笑み、か」
 笑顔一つに、たいそうな名前をつけられたものだ。巷では、ヴィルトールの人間の笑みは、『暗殺の最終宣告』ととられているとか。それもあながち間違ってはいない。必ずしも殺意があるとは限らないが、表情に感情以外の意味を込めるのは、ヴィルトールの人間として当然に必要な技術だった。
 皇帝陛下は苦々しげに舌打ちすると、もう興味をなくしたようにリリアンへの追求をやめてしまった。賢い皇帝陛下だ。きっと長生きできるだろう。
「ロセンサル、第四段階。折れない程度にな」
「折ってはいけないのですか?」
「ああ。俺の大事な片腕だ。悲しいかな、片腕なしではやっていけない」
 ミカエルは不意に、きれいな笑顔を浮かべた。無防備な表情に、リリアンはつい、駆け引きのために張り詰めていた敵意を緩めてしまう。私情は禁物だと、いつも自分を戒めているのに。たまに零すこんな言葉に、この隙だらけのかわいい皇帝を、壊れるほどに利用しようとは思えなくなってしまうのだ。つい、甘やかしてしまう。ミカエルのお人好しは、案外人をたらしこむ天賦の才と裏表なのかもしれない。
「うきゅ……」
 うっとりと。すっかり油断しきっていたリリアンは、黒騎士の不意打ちの『第四段階』に、思わず変な悲鳴を上げてしまった。
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